「幸せって何だろう」
乃愛がふと呟いた。
サイモンが興味を持った。「哲学の根本問題だ」
「答えはあるの?」
「何千年も議論されてる」レンが付け加えた。
乃愛が微笑んだ。「じゃあ、答えはない?」
「いくつかの説がある」サイモンが説明を始めた。
「例えば?」
「快楽主義。幸福は快楽の総和だという考え」
レンが補足した。「エピクロスやベンサムの思想だ」
「快楽が幸福?」乃愛が考えた。
「でも、快楽には種類がある」サイモンが続けた。「身体的快楽と精神的快楽」
「どう違うの?」
「ミルは言った。『満足した豚より、不満足なソクラテスの方がいい』」
乃愛が笑った。「豚に失礼かも」
「でも、意味は深い」レンが言った。「高次の快楽と低次の快楽」
「高次?」
「知的満足、芸術的感動、道徳的喜び」
サイモンが付け加えた。「単なる快楽じゃなく、意味のある快楽」
乃愛が考え込んだ。「じゃあ、意味が大事?」
「フランクルはそう主張した。『人間は意味を求める存在だ』」
「意味がないと、幸せじゃない?」
「彼はアウシュヴィッツで生き延びた。極限状態でも、意味を見出した人が生き残った」
乃愛が真剣な顔をした。「意味って、何?」
「自分の存在が、何かに貢献してると感じること」レンが説明した。
「貢献?」
「他者、社会、理想、何かより大きなものへ」
サイモンが問うた。「でも、意味は主観的じゃないか?」
「主観的?」
「ある人にとって意味があることが、他の人には無意味かもしれない」
乃愛が頷いた。「じゃあ、幸福も主観的?」
「アリストテレスは違う考えだった」レンが言った。
「客観的な幸福?」
「エウダイモニア。良く生きること。徳を実現すること」
「徳?」
「勇気、節制、正義、知恵。客観的に価値がある性質」
サイモンが補足した。「でも、文化によって徳の定義は違う」
「また主観的に戻る?」乃愛が混乱した。
「難しいんだ」レンが認めた。「完全に客観的でも、完全に主観的でもない」
「じゃあ、どうすれば?」
サイモンが提案した。「幸福の複数性を認める」
「複数性?」
「快楽、意味、徳、達成、関係。どれも幸福の一面だ」
乃愛が理解し始めた。「一つじゃない?」
「そう。セン教授は『ケイパビリティ』という概念を提唱した」
「ケイパビリティ?」
レンが説明した。「人が選択できる機能の範囲。自由に生きる能力」
「能力が幸福?」
「より正確には、選択肢があること」
サイモンが付け加えた。「幸福は、結果じゃなく、可能性かもしれない」
乃愛が深く考えた。「幸せになれる状態が、幸福?」
「興味深い視点だ」レンが認めた。
「でも」乃愛が続けた。「それって、まだ幸せじゃない?」
「哲学的には、そうだ」サイモンが微笑んだ。「でも、可能性そのものに価値がある」
「可能性の価値?」
「未来が開かれていること。それ自体が幸福の一形態だ」
乃愛が窓を見た。「じゃあ、完璧に幸せな状態なんてない?」
「ないかもしれない」レンが静かに言った。「でも、幸福を追求すること自体が、人生を豊かにする」
「追求が目的?」
「ミルは言った。『幸福を目指さないとき、幸福は訪れる』」
乃愛が驚いた。「矛盾してる!」
「パラドックスだ」サイモンが笑った。「幸福は副産物かもしれない」
「副産物?」
「何か意味あることをしてるとき、気づいたら幸せだった」
乃愛が微笑んだ。「今、この議論も?」
「そうかもしれない」レンが認めた。「哲学的対話は、それ自体が幸福だ」
サイモンが頷いた。「共に考えること。それが人間的幸福の核心だ」
乃愛が深呼吸した。「幸福は定義できないけど、感じられる」
「良い結論だ」レンが微笑んだ。
三人は黙った。幸福という言葉の重さと軽さを、同時に感じながら。
定義はできない。でも、探求は続く。それが、幸福への道だった。