「今日は、どこ行く?」
陸が尋ねた。放課後、目的もなく歩き出した四人。
「決めてない」由紀が笑った。「ランダムウォーク」
「ランダムウォーク?」
「確率的に次の方向を選んで進む過程」葵が説明した。「酔歩ともいう」
「酔っ払いの歩き方?」陸が笑った。
「そう。ランダムに左右に揺れながら進む」
ミラが静かに言った。「But not truly random. Biased by environment」
「環境にバイアスされる」葵が翻訳した。「完全なランダムウォークは理論モデル。現実は、ある程度の傾向がある」
由紀が提案した。「じゃあ、次の角で、コインを投げて決めましょう」
「面白い」葵が認めた。
最初の交差点。コインは表。右へ。
「これがランダムウォーク」陸が楽しんだ。
「でも」葵が言った。「ランダムウォークには、不思議な性質がある」
「どんな?」由紀が聞く。
「一次元ランダムウォークは、必ず原点に戻る」
「必ず?」
「確率1で。無限回試行すれば」
ミラが補足した。「Recurrent in one dimension. Transient in three or more」
「一次元では再帰的、三次元以上では非再帰的」葵が説明した。
「難しい」陸が頭を抱えた。
「簡単に言うと、一次元では必ず元の場所に戻るけど、三次元では戻らない可能性がある」
次の角。コインは裏。左へ。
「じゃあ、私たちは戻れる?」由紀が聞いた。
「二次元だから、微妙なライン」葵が笑った。「二次元も再帰的だけど、平均時間は無限大」
「つまり?」
「いつかは戻るけど、いつかは分からない」
陸が考えた。「人生みたいだ」
「どういうこと?」
「行き当たりばったりで進むけど、いつかは元の場所に戻る。でも、いつかは分からない」
葵が感心した。「詩的な解釈だ」
ミラが静かに言った。「Random walk explores space. Finds unexpected places」
「ランダムウォークは、空間を探索する」葵が翻訳した。「予期しない場所を見つける」
「だから面白い?」由紀が聞く。
「そう。最短経路じゃないけど、新しい発見がある」
次の角。また右。
「でも」葵が続けた。「ランダムウォークの期待値は、移動しない」
「どういうこと?」陸が混乱した。
「左右に等確率で進むなら、期待値は原点のまま。E[X_n] = 0」
「動いてるのに?」
「個々の実現値は動く。でも、平均は動かない」
由紀が理解した。「多くの人が同じランダムウォークをしたら、平均位置は変わらない」
「正確。でも、分散は増える。Var[X_n] = n」
「広がっていく」
「そう。時間とともに、散らばる」
ミラが追加した。「Diffusion. Random walk models diffusion process」
「拡散」葵が頷いた。「ランダムウォークは、拡散過程のモデル」
陸が立ち止まった。「じゃあ、俺たちは今、拡散してる?」
「ある意味で」葵が微笑んだ。
次の角。表。右。
「あれ、ここ通った」由紀が気づいた。
「戻ってきた」陸が笑った。
「再帰的だ」葵が確認した。「ランダムウォークの性質通り」
ミラが静かに言った。「But we discovered new path. That's value of random walk」
「新しい経路を発見した」由紀が理解した。「それがランダムウォークの価値」
葵が補足した。「最適経路を知っていても、時にはランダムに探索する価値がある」
「なぜ?」
「局所最適に陥らないため。ランダム性が、新しい可能性を開く」
陸が深く頷いた。「人生もランダムウォークなら、失敗も意味がある」
「探索の一部だ」葵が認めた。
由紀が言った。「予測できない道を歩いて、でも時々元に戻って」
「そして、新しい発見を持ち帰る」
ミラが微笑んだ。「At the end of random walk, we find ourselves. Changed, but connected to start」
「ランダムウォークの果てで、私たちは自分を見つける」葵が翻訳した。「変化したけど、始点と繋がっている」
四人は、ランダムに選んだ道を歩き続けた。どこに着くかは分からない。でも、その不確実性こそが、旅を豊かにした。ランダムウォークの果てで、彼らは何を見つけるのだろうか。それは、確率に委ねられた未来だった。