「明日のテストの点数、何点取れるかな」
陸が不安そうにつぶやいた。
「確率的に考えてみよう」葵が提案した。
「確率?」由紀が首を傾げる。
「テストの点数は確率変数だ。複数の可能性があり、それぞれに確率が割り当てられる」
陸がノートを取り出した。「どういうこと?」
葵がホワイトボードに書いた。「0点から100点まで、様々な結果がある。過去のデータから、各点数の確率分布を推定できる」
「前回は60点だった」陸が言った。
「それは一つのサンプル。複数回のテストから分布を見る」
由紀が計算し始めた。「陸くんの過去5回の平均は65点ですね」
「それが期待値だ」葵が説明した。「E[X] = Σ x・P(x)。各結果に確率を掛けて合計する」
「期待値65点なら、明日も65点?」陸が希望を持った。
「必ずしもそうじゃない」葵が訂正した。「期待値は平均的な値。実際の結果は上下にばらつく」
「ばらつき?」
「分散という概念がある。Var(X) = E[(X - E[X])²]。期待値からどれだけ離れるかの平均だ」
由紀が過去のデータを見た。「陸くんの点数、結構ばらついてますね。40点から80点まで」
「分散が大きいんだ」葵が確認した。「つまり、予測の不確実性が高い」
陸が落ち込んだ。「じゃあ、何点取れるか分からない?」
「完全には分からない。でも、確率分布は予測の道具になる」
葵は図を描いた。正規分布のような曲線。
「もし点数が正規分布に従うなら、期待値付近に集中する。標準偏差をσとすると、約68パーセントがE[X]±σの範囲に入る」
由紀が計算した。「陸くんのσは約15です。だから、明日の点数は50点から80点の間が高確率」
「50点は嫌だな」陸がつぶやいた。
「でも」葵が励ました。「今日勉強すれば、分布を動かせる」
「分布を動かす?」
「事前確率を事後確率に更新するんだ。勉強という行動が、明日の確率分布に影響する」
由紀が興味を持った。「ベイズ推定みたいですね」
「その通り。新しい情報(今日の勉強)が、未来の予測を変える」
陸が真剣になった。「じゃあ、今から勉強したら期待値は上がる?」
「上がる可能性が高い。過去のデータから、勉強時間と点数の相関が分かれば、より正確に予測できる」
葵は別の図を描いた。「勉強時間をxとすると、点数 = a・x + b + ノイズ。線形モデルだ」
「ノイズ?」
「完璧な予測はできない。体調、問題の難易度、運。これらがノイズとして加わる」
由紀が言った。「でも、平均的には勉強すれば点数は上がる」
「正確」葵が頷いた。「ノイズはあるが、傾向は捉えられる」
陸は手帳を開いた。「今日3時間勉強したら、期待値はどうなる?」
葵が計算した。「過去のデータから、1時間で約5点上がると仮定すると、期待値は80点になる」
「80点!」陸が喜んだ。
「でも、それは期待値。実際は70点から90点の範囲にばらつく」
「それでも十分」陸が立ち上がった。「今から勉強する」
由紀が笑った。「確率が陸くんを動かした」
葵が補足した。「確率論は行動の指針になる。完璧な予測はできないが、合理的な判断を助ける」
「でも」由紀が尋ねた。「もし明日60点だったら、モデルは間違い?」
「いや」葵が説明した。「確率的予測は、一回の結果では評価できない。長期的に見て、予測分布と実際の分布が一致するかが重要だ」
「つまり、たまたま期待値より低くても、それは確率のばらつきの範囲内?」
「そう。だから、一喜一憂する必要はない。長い目で見れば、期待値に収束する」
陸が教科書を取り出した。「分かった。今日頑張って、長期的な期待値を上げる」
「良い戦略だ」葵が認めた。「短期的な変動に惑わされず、長期的な傾向を見る。これが確率論の知恵だ」
三人は夕暮れの部室で、確率の波について語り合った。
未来は不確実だが、確率分布は羅針盤になる。
完璧な予測はできなくても、より良い選択はできる。