「水酸基って、ただの-OHじゃないんですか?」
透真が聞いた。
零が答えた。「そう見えるが、実は多面的だ。状況で性格が変わる」
「性格?」
「親水性にも、求核剤にも、脱離基にもなる。立場が曖昧なんだ」
奏がノートを開いた。「まず、親水性ってどういうことですか?」
「水素結合を形成できる。水分子と引き合う」
「だからアルコールは水に溶ける」透真が理解した。
「短鎖のアルコールはね。でも長鎖になると、疎水性が勝つ」
零が続けた。「水酸基一つでは、長い炭化水素鎖を水に引き込めない。バランスの問題だ」
「じゃあ、糖は?」奏が聞いた。
「グルコースには5つの水酸基がある。だから非常に親水性」
「水酸基が多いほど、溶けやすい」
「そう。セルロースも水酸基だらけだが、分子間水素結合で固まってるから、溶けない」
透真が興味を示した。「水酸基が反応するって、どういうこと?」
「求核攻撃ができる。酸素の孤立電子対が、電子不足の炭素を攻撃する」
零が例を出した。「エステル形成。カルボン酸と反応して、エステル結合を作る」
「アルコールと酢酸で酢酸エステル」
「そう。でも、水酸基は弱い求核剤だ。活性化が必要なこともある」
奏が質問した。「活性化?」
「リン酸化とか。水酸基をリン酸エステルにすると、脱離基になる」
「脱離基?」
「反応で離れやすいグループ。リン酸が付くと、水酸基は良い脱離基になる」
透真が考えた。「つまり、水酸基は反応しにくいけど、修飾すると反応しやすくなる」
「その通り。生体内では、ATPがリン酸化に使われる」
零が続けた。「セリン、スレオニン、チロシン。これらのアミノ酸は水酸基を持つ」
「タンパク質の中で?」
「そう。この水酸基がリン酸化される。シグナル伝達の重要なスイッチだ」
奏がノートに書いた。「水酸基のリン酸化で、タンパク質の機能が変わる」
「正解。リン酸基は負電荷を持つ。これがタンパク質の構造や相互作用を変える」
透真が質問した。「じゃあ、脱リン酸化は?」
「ホスファターゼという酵素が行う。リン酸基を外して、元に戻す」
「オン・オフのスイッチなんだ」
零が頷いた。「細胞周期、代謝、遺伝子発現。全てがリン酸化で制御されてる」
「水酸基って、そんなに重要だったんですね」奏が感心した。
「地味に見えるが、生化学の主役の一つだ」
透真が笑った。「曖昧な性格が、逆に便利なのか」
「まさに。一つの役割に固定されないから、多様な反応に参加できる」
零が補足した。「水素結合のドナーにもアクセプターにもなる。これも曖昧さの一つ」
「ドナー?アクセプター?」
「水酸基の水素は、電気陰性な原子に引き寄せられる。これがドナー。酸素の孤立電子対は、水素を受け取る。これがアクセプター」
奏がまとめた。「水酸基は、親水性を提供し、水素結合を形成し、反応の起点になり、修飾されて機能を変える。その曖昧さが、生体分子の多様性を支えてる」
「完璧な要約だ」零が認めた。
透真が言った。「地味だけど、いないと困る。縁の下の力持ちだな」
三人は、水酸基の多才さに、改めて感心していた。