夕日が部室に差し込んでいた。
「情報って、粒なんですね」
由紀がモニターを見ながら呟いた。
「粒?」陸が聞き返した。
「デジタル画像。拡大すると、ピクセルという小さな四角が見える」
葵が補足した。「情報の最小単位。ビットだ」
「ビット?」
「Binary digit。0か1の二値。デジタル情報の基礎」
陸が考えた。「なんで0と1だけ?」
「電子回路で実装しやすいから。電圧の高低、磁気の向き、光のオンオフ」
「物理的な二状態が、情報を表現する」
由紀が質問した。「でも、世界はもっと複雑ですよね?色とか、音とか」
「それを離散化する。量子化だ」
葵がホワイトボードに描いた。滑らかな曲線が、階段状になっている。
「アナログ信号を、デジタル信号に変換する」
「連続値を、離散値に丸める」
陸が例を出した。「温度計が、20度、21度、22度みたいに表示するのと同じ?」
「そう。本当は20.5度かもしれないけど、21度に丸める」
「精度を犠牲にして、扱いやすくする」
由紀が心配した。「情報が失われませんか?」
「失われる。でも、十分細かく分ければ、人間には区別できない」
「CDの音質。サンプリング周波数44.1kHz、16ビット量子化」
陸が驚いた。「1秒に44100回も測定してるの?」
「そう。ナイキスト定理により、人間の可聴域をカバーできる」
葵が続けた。「16ビットなら、2^16 = 65536段階に音の強さを分ける」
「それだけあれば、滑らかに聞こえる」
由紀がノートに書いた。「ビット数が多いほど、精度が上がる?」
「正解。ビット深度という」
「8ビット画像より、16ビット画像の方が、色の段階が細かい」
陸が笑った。「じゃあ、無限ビットにすればいいじゃん」
「記憶容量と計算コストが膨大になる」
「だから、適度な精度で妥協する」
葵が新しい視点を出した。「ビットは、情報量の単位でもある」
「1ビット = 1つの二択に答える情報」
由紀が考えた。「20問ゲームとか?」
「まさに。『動物ですか?』『はい/いいえ』。1ビットの情報を得る」
「20回聞けば、2^20 = 約100万通りの中から特定できる」
陸が感心した。「ビットって、すごいんだな」
「デジタル革命の基礎だ」
葵が続けた。「エントロピーの単位もビットだ。H(X) = -Σ p(x) log₂ p(x)」
「log₂を使うから、単位がビットになる」
由紀が理解した。「情報量とビット、繋がってるんですね」
「シャノンがそう設計した」
ミラが部室に入ってきた。無言でホワイトボードに書く。
「Qubit - 量子ビット」
「量子コンピュータ?」陸が興味を示した。
「古典ビットは0か1。量子ビットは、0と1の重ね合わせ」
葵が説明した。「観測するまで、両方の状態を持つ」
「なんか不思議」
「量子力学の世界だからね」
由紀が質問した。「量子ビットだと、何が違うんですか?」
「並列計算ができる。nキュービットで、2^n通りの計算を同時に」
「古典コンピュータより、指数的に速い問題がある」
陸が想像した。「未来のコンピュータは、みんな量子ビット?」
「まだ技術的課題が多い。でも、可能性は大きい」
葵がまとめた。「ビットは、情報の粒。デジタル世界を作る原子だ」
「そして、その組み合わせが、無限の可能性を生む」
由紀が窓の外を見た。夕日が、粒子のように輝いている。
「光も、粒なんですよね。光子」
「そう。世界は、粒で できている」
陸が笑った。「情報も、光も、粒。全部繋がってる」
「量子情報理論では、それが融合する」
ミラが最後に書いた。「情報は物理」
「情報と物理は、切り離せない」
葵が頷いた。「だから、情報理論は美しい」
放課後の部室で、情報の粒が静かに輝いていた。